量子もつれ光子対を利用した量子計測デバイスの研究

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研究概要

研究の背景と目的

本研究では、量子もつれ光子対の発生過程の干渉を利用する事で、可視域の光源と検出器のみで、赤外域での分光が可能な「赤外量子吸収分光測定」の研究を実施しています。具体的には、可視と赤外域のもつれ光子対を発生する光源、それを評価するための高感度検出方法、ならびに赤外量子吸収分光システムの開発などを行っています。

赤外吸収分光測定は、有機化合物中の官能基の類推による化学物質同定に、無くてはならない技術です。また、遠赤外領域のうち、波長5μm から 20μm程度は、そのスペクトル形状が化学物質ごとになる、いわゆる「指紋領域」として重要な波長域として注目されています。
しかし、現在の赤外吸収分光測定装置にはボトルネックが存在します。それは、光源と検出器です。
光源に用いられるランプには指向性がなく、エネルギーの利用効率が低いのです。そのため発生する輻射熱の量も大きくなり、大型な装置が必要です。
また、高感度での測定、長波長域での測定には、テルル化カドミウム水銀(MCT)半導体検出器が用いられています。これは液体窒素温度で動作するため、検出器は必然的に大型・高額にならざるをえません。

この状況を革新しうるのが、赤外量子吸収分光測定(IR-QAS)です(下図)。

(a) 非線形結晶1と2でのもつれ光子対発生過程が量子干渉する。図では、破壊的な干渉が生じ、信号光(可視)も参照光(赤外)も発生しない場合を示している。
(b) 非線形結晶1からの赤外参照光が吸収されると、上述の量子干渉が生じなくなる。破壊的干渉条件の場合、信号光子が検出されるようになる。

IR-QASの原理を説明します。

可視域のポンプ光を非線形光学結晶に入射すると、可視域のシグナル光子と、赤外域のアイドラ光子が生じます。その際、2番目の非線形光学結晶でも同様のプロセスが生じますが、2つの結晶間距離によって、この2つのプロセス間に量子干渉が起こります。その際、破壊的干渉が起こる条件の場合、結果として、2つの結晶からはもつれ光子対が発生しない状況が生じます。逆に強め合う干渉の場合には、もつれ光子対が相乗的に発生します。

しかし、この非線形光学結晶間に赤外域の吸収体が存在すれば、アイドラ光子が吸収され、プロセス間の量子干渉が不完全となります。その結果、上記で述べた、もつれ光子対発生の増強や減少(消失)が見られなくなり、このことは可視域のシグナル光子の検出により検証可能です。

つまり、可視域のシグナル光子を検出するだけで、赤外域における媒質中の吸収を測定することが可能になるのです。
本プロジェクトでは、私達の広帯域周波数もつれ光発生技術をさらに発展させ、より広い帯域でのIR-QASの実現を目指しています。

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期待される研究成果

本プロジェクトで実現を目指す、コンパクトで安価な赤外・遠赤外吸収分光装置は、従来技術の延長上では実現できない、「跳躍(leap)」した技術・製品で、さまざまな学術的、社会的要請に応える可能性を秘めています。
IR-QASによる、赤外・遠赤外域の分光装置の小型化ならびに可搬性の向上に対する社会的要請は極めて大きいのです。例えば、石油の精密なオクタン価検査にも赤外吸収分光装置が用いられていますが、現状の装置が大型かつ高価であるため、現場での検証は困難です。これは一例にすぎませんが、赤外吸収分光装置による分析は、物質科学、環境計測、医療、創薬、生命科学と、非常に幅広く応用されています。小型で安価な赤外吸収分光装置があれば、これらの幅広い分野にで大いに活躍するでしょう。
さらに、学術面においても、中赤外域の量子もつれ光子対の生成はまだ報告の少ない、未開拓分野であり、非常に挑戦的な課題です。これまで全く実現されていない、中赤外域での単一光子源の実現、中赤外域での高感度光子検出技術の実現、また異なる波長域での量子テレポーテーション技術や量子メディア変換技術など、重要でかつ興味深い、かつ真に学際的な科学的成果が十分期待できると私達は考えています。
また、ダイヤモンド中の欠陥中心など、物質の量子性を利用したセンシングデバイスを開発するフラッグシッププログラムに対し、本研究課題は光子の量子性を活用する点で相補的なプロジェクトです。将来的には、それぞれのセンシング技術の相乗効果を利用するような研究も十分期待できると考えています。

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